贋自分伝(おおよそ事実 だがすべてをそうとられても困るという意味で)より タケⅠ

 お前さんの擦れてないわけでもないくせに妙にうぶっぽく見えるところがいいんだよな、どうだい、しばらく俺と組んでやってみないか、タケは銜え煙草の煙に顔をしかめながら片手でビールを私のグラスに注ぎ足すとそう言った。
 私は軽く頭を下げてビールを受けた。話の要領がよく飲み込めていなかった。おごるからちょっと出て来いと誘われて、深く考えもせずに出てきたまでだ。
 しかしけっこう打つよな、昨日今日覚えたマージャンじゃないだろう。
 開店間もない居酒屋には客はおらず、店員たちもまだ仕込みに余念がなかった。奥のボックスに壁を背にして座ったタケはせわしげにグラスを空けるとビールの追加を店員に言いつけてから、どうだと念を押した。
 どうだと言われてももう少し具体的な話をしてもらわないことにはどうとも答えようがないのが私の正直な気持ちだった。だいたいタケとはついこの間、初めて顔を合わせたばかりだ。友人と呼ぶのさえはばかられる。
 しかし、その存在に関心を持たされてしまったことには違いなかった。

 三日前のことだ。
 午後の講義が突然休講になって、しようこともなく食堂で煙草をふかしていたら、同級の棚沢に声をかけられた。
 トイツが足りなくて探していたところだという。意識したわけではなかったがそういう展開を心持ちにするところがあった自分を否定することは出来ない。マージャンは好きだし、かなり率のいい収入源になっている。

 棚沢とは一年の時、レポートを代筆してやったことで親しくなった。何の苦労もしないで育つとこんな大人が出来るのかもしれない。態度がでかくて人当たりがよいという矛盾した要素を大きな図体に違和感なく同居させていた。大学を自分の庭ぐらいに思っているのは付属高校から上がってきた奴らの思い上がりだが、それでも誰彼の別なくやたらに突っかかったりしないところはやっぱり育ちのよさなのだろうか。赤い外国製のスポーツカーを乗り回す姿を構内でもよくみかけた。
 どうしようととりまき連中を相手に大騒ぎする声を小耳にはさんだから、書いてやろうかと買って出たが原稿用紙五枚ぐらいのレポートにそれ程恩を着せるつもりはなかった。しかし棚沢はどういうわけか、いたく感動して、とっておいてくれと万札を押しつけると以来、私を友人扱いするようになった。

 けっこうマージャンが打てるとわかってからはちょくちょく仲間内の遊びに誘われるようになったが私に小遣い銭を稼がせる魂胆もあってのことだったろう。彼らから見れば私は目を覆いたくなるような貧乏学生に違いなかった。
 たまにまるで畑の違う分野のレポートを書かされるのにはまいったが、それだってアルバイトと割り切れば悪い話ではなかった。
 図書館で資料を当って幼児の感情表現とその対応についてなんて保育論めいたものを仕上げたりした。どうせ今ちょっかいを出している短大部の女の子に安請け合いをしたのだろうが、それにはどんな点数がついたものか。文句を言われたことはないからとりあえず及第は出来たはずだ。

 それで他のメンバーは、すでに付き合うつもりになっていたが一応聞いた。
 一級下の松木、お前も何度か打っているから知っているだろう。
 私は棚沢の子分みたいにつきまとう松木ののぺらっとした顔を思い浮かべた。そいつも大学をマージャンのトイツか女をあさるところとでも心得ているような奴だったが、いくら負けても機嫌よく金を出すので相手としては異存がない。
 もう一人は初対面だな、俺の古いつれだがちょっと変わっている、雀師になるってほざいて、ここ二、三年はマージャンのことしか考えてねえんじゃないか、打つぜ、だけど、まあ、お前となら五分かな。

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