闇の果て (十)

 半夏生の小祝いが終わると、それを待ってでもいたかのようにぴたりと雨が上がった。
 梅雨明けには早いように思われたが作物は例年になく順調に生育していたし、その時点では誰もがいかほどの不安も感じてはいなかった。
 だがそれ以来、まったく雨は降らなくなった。
 人間とは勝手なもので好天も十日も続くと空を見上げ、そろそろ一雨ほしいものだとつぶやいたりする。
 そんな人情を嘲笑うかのように雲一つない青空の真ん中で依怙地に太陽は照り続けていた。
 気温も鰻昇りでいつの間にかもうすっかり真夏の様相だった。

 稲は田に水気があるうちはとりあえずもつ。しかし、青々と葉を繁らせていた畑のものは見る見るうちに縮んでいった。
 最初のうち村人たちはそれでも川の水を撒くなどしがない努力を試みたのだがそれこそまったく焼け石に水というものだった。
 水を掛けた一瞬だけかすかに生気を取り戻すようにみえる作物だがすぐに以前にも増して萎れていく。
 人々は徒労に絶望して大地にへたりこむしかなかった。
 あれ程、順調だったのにこれはいったいなんの祟りだ。
 杉蔵の祟りかもしれないとは誰も口に出しては言わなかった。
 二十日もすると、溜池の水も底をつき、田にも水が廻らなくなった。
 田が乾き罅割れると、それに引きずられて稲の根も断ち切られる。そうなると田も全滅だ。
 右往左往するだけだった農民も今ははっきりと危機感を抱いていた。

 村役たちが集まり、その場で雨乞いの祈祷の話が纏った。
 村のお祓い事に呼ばれる巫女は決まっていて、四つ先の村まで世話役が馬を仕立てて迎えにいく。
 あんなお祓いなどとてんから否定するものもいたが馬鹿にできない霊験があってころりの時も婆あの祈祷でとにもかくにも収まったのだ。
 真白な髪を伸び放題にのばした顔も姿もまるで猿のような老婆で歯はすべて抜け落ている。
 なにかというと村に来て、護摩を焚き、御幣を振って口寄せをしたから弥助も子供の頃から見知っていた。
 それにしても昔からいっこう姿形が変わらないのが不思議だった。

 触れがあって、鎮守の杜の境内に村人たちは集められた。
 しばらく待つと、夕陽の中、世話役に手を引かれて巫女が、やってきた。
 最前から昂奮した子供たちが人垣のまわりを駆け回っていたがふいに現れた奇態な老婆に愕いたのだろう、そのうちの一人が前のめりにつんのめって、地面にしたたか顔をうちつけると大声で泣きだした。
 ちょうど目の前の出来事でやむをえず子供を抱き起そうと弥助が立ち上がったとき、ふと老婆と目が合った。
 そのとたんだった。
 ぎゃあと叫んで今度は老婆が腰を抜かした。
 なんじゃい、われは。肩に死霊を背負いよってからに。
 指差す手がぶるぶると震えていた。あまりの剣幕に一瞬子供が泣き止んだ程だった。
 まわりの人々は集中を乱された巫女の腹いせぐらいに聞流したかもしれない。
 苦笑を浮べた世話役が老婆をかかえ起すと先をせかした。
 恐ろしや、恐ろしや、呪文でもとなえるようにくりかえしながら老婆が遠ざかるとすぐにまわりは平静をとりもどした。
 ただ弥助の動悸だけはなかなか鎮まらなかった。

 弥助には巫女の言葉が単なる出まかせとは思えなかった。
 視える者には視えるのだ。
 俺にはあの日、峠で殺した女がまちがいなく憑いている。
 そうしておそらく復讐の機会をうかがっているのだろう。
 俺のまわりで人間たちが次々に死んでいくのもあるいはその女のせいだったかもしれない。

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