家って人がいなくなると、何でこんなにガランと冷え込んでしまうのだろう。まるでしおれた花、置き忘れられた人形、もう拗ねてなくたっていいんだよ、風子は言い聞かせるようにわざと足音を響かせて家に飛び込んだ。
越してきた当初はせまくって、古くって、大嫌いだったけれど、いつの間にか慣れてしまった。いまはもう私の家の匂いがしている。
風子は手を洗うと冷蔵庫から牛乳とジャムパンを出して卓袱台の前に座った。
いただきまーす、誰が聞いているわけでもないのだけれど、いつものように声を出して、風子はおやつを食べ始めた。
風子はあまりテレビが好きではない。あれっと思って確かめようとしても前に戻ることが出来ない。次から次に場面が進んで考えがまとまらないうちに終わってしまう。その点、本はいい。いつだって思った場面に戻ることが出来る。
風子はカバンの中から読みかけの長くつ下のピッピを取り出して読み始めた。
ピッピは今日もさるや馬といっしょに大活躍だった。なんてったってピッピは世界一強い女の子なんだ。
ピッピはいいなあ、だけど私はそんなに強くなれそうもない。
本を読み終えると風子はしようこともなく、出窓に肘をついて外を眺めだした。
みるみるうちに夜が来る。一センチ、一センチと四方八方から夜の闇が迫ってくるのが目に見えるような気がする。
降っているのかいないのか、わからない程の雨だけれど、それでも硝子窓には水滴が丸くかたまり、下の水滴に飲み込まれたり、となりの水滴とくっついたりしながら、大きくふくらむと急にすべり始める。すうっとまっすぐ下に落ちたり、ぎざぎざと斜に走ったり。これって何かの法則でもあるのだろうか。まるで音楽にうかれてはしゃいでいるようにしか見えないけれど。
遠くで街灯が光っている。雨の粒の中ではくっきりと、さかさまに。
あれはもう別世界のことだ。私たちとは別に生きているさかさまの世界。
雨の粒が流れたあとではぼわっと大きく、街灯はにじんでみえる。
お父さんとお兄ちゃん。
だけどお父さんとお兄ちゃんのことを考えては駄目だ。
がたんと玄関の戸があいて、ビニールの傘をすぼめながらおかあさんが入ってきた。
ただいまあ、何かとっても機嫌のよい声。大きな紙袋をかかえたおかあさんは上気した顔をして、まるでたぬきみたい。ちょっとお酒でも飲んで来たのかな。きつねになったり、たぬきになったり、おかあさんも忙しい。そんなにぐるぐる気持ちが変わるようなことが起こっているのだろうか。
ごめんね、さびしかったでしょう。おなかすいたよね、おかあさんの声を聞いていると風子はなぜだか急にかなしくなって、飛んでいくとおかあさんの服に顔を押しつけると泣いてしまった。雨に湿った服の内側から、おかあさんのあたたかさがにじみ出てきて、今はこのぬくもりさえあればそれでいいと風子は泣きながら思っていた。
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