あの頃の酒Ⅲ

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 あの頃はまだ女の子たちには飲酒に対する罪悪感や警戒感があったと思う。戦前の教育の残滓のようなものだが、今日のようにいくら飲んでもけろっとしているうわばみみたいな女性ばかりが増えるとそんな時代が懐かしい。
 コンパと称して男女同席の飲み会もしばしば行われたが、たとえ出席してきても仲間同士でかたまって、酒を口にする者はめったにいなかった。
 もっともみゆき族やフーテンもいたわけだから、中には今しがた人でも食ってきたような真赤な唇をしてグラスを片手に煙草を吹かすけばいおネエちゃんたちもいないわけではなかったが、他の女の子たちからは完全に浮き上がっていたし男子だってあえて近寄ろうとする者はいなかった。
 だからこそ誘ってOKをもらった時にはやったねと思ったと当時の友人は今でも語る。一対一ではちょっときどってカクテルなんかをご馳走したらしい。
 当時は何度目かのカクテル・ブームで私たちは競ってそのうんちくを仕込んだものだ。創刊されたばかりの男性週刊誌が牽引役を果たしていたのだろうか。ちょうどイアン・フレーミングの007・ジェームズ・ボンドシリーズの映画が大ヒットしていて主人公がウォッカベースのマティーニをドライで、なんてキザにきめていた。その影響も少なくなかったと思う。
 ブラッディー・メアリーだのスクリュードライバーだのといった恐ろしいカクテルを飲まされて、そのあとひよこちゃんはどうなったのだろう。

 ウイスキー・ソーダもカクテルというらしいからコーク・ハイも当然カクテルということになる。男同士では居酒屋で日本酒が多かったが、女の子が混じると決まってバーに繰り出してコーク・ハイを飲んだものだ。ウイスキーのコーラ割り、あれも恐ろしい飲み物で口当たりはほとんどコーラと変わらないからぐびぐび飲める。しかし、いい気になって飲んでいると、突然、ガクッと酔いがくる。
 私は日本人の約半数がそうだというアルデヒド脱水素酵素2型の部分欠損者だから好きなくせに酒には弱い。そうしてひどい二日酔いをする。自己嫌悪にかられてうんうん唸りながら一日、布団から抜け出せない。

 飲む度にそんなことをやっていたが酒には人生の機微も随分と教えてもらった。
 
 ある時、五、六人で居酒屋に入り、飲んだものの、飲み足りなくてどうだ有り金をはたいてもう少し飲むかと衆議一致した。千円、二千円、とそれぞれがポケットを裏返すようにして金を出してさらに飲んだ。
 じゃあな、いいかげん酔って皆と機嫌よく別れたものの無一文の私はそれからアパートまで小一時間程歩かなくてはならない。歩くのは苦手だが自業自得だ。
 二、三町ふらふらと歩いて、赤信号で立ち止まっているとすらっと通り過ぎたタクシーのうしろにさっき別れた仲間の一人が乗っていた。
 あれを晴天の霹靂というのだろう。腹が立つよりも自分と自分以外の存在との距離を改めて考えらせられた。
 人づきあいが悪いのは生まれついてのものではない。

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