蜘蛛との闘い

 私はなによりも蜘蛛が嫌いだ。生理的に嫌悪を感じる。嫌悪ではなく恐怖かもしれない。実は蜘蛛という字を使う度に鳥肌が立つ。
 これはもう立派な神経症というべきだろう。
 スティーブン・キングの小説ではないが、前世では蜘蛛の糸に巻かれて生きながら餌にされたのかもしれない。
 
 小学生の頃、自己紹介で嫌いなものはと問われて正直に答えたら、数日後、背中に蜘蛛をのせられて、きゃあきゃあ女子が騒ぐものだから、ふと後を見て、目の先にそれが這っていたときには本当にもう少しで気絶するところだった。
 
 蜘蛛は害虫を取ってくれるのだし、人間には何も悪さをしませんよとしたり顔で意見をされたことがある。自分の異常が気になっていたところでもあり、たしかにその通りではあったのでなんとか蜘蛛と折り合いをつけたいと努力したこともある。

 昆虫の総てが嫌いなわけではない。とんぼだって蝶だってそんな目で見ればけっこうグロテスクな顔をしている。とんぼや蝶には平気でふれられて、蜘蛛がさわられぬわけがない。理性ではそういうことになるのだが、駄目なものはやっぱり駄目だった。

 蜘蛛は夜行性だから、日中は巣を離れて近くの安全な場所に隠れて休む。寝込みを襲ったこともないわけではないがどうも空ふりが多いようでじきに止めた。
 夕方、薄暗くなり始めた頃に巣の中心にもどってくる、そこをみはからって殺虫剤を吹きつけ、昏倒して落下したところを踏つぶす。
 目につくかぎり始末していくと20匹前後にもなるだろうか。
 次の日にもまた同じぐらいの数の蜘蛛が出てきて同じことをくりかえす。
 一度息子にどうしてこうもきりもなく出てくるのだろうと嘆いたら、どこか奥に巨大な親蜘蛛がひそんでいたりするんじゃないかと逆に驚かされて、その夜、厭な夢をみた。
 巨大な蜘蛛が天井からつうっと糸を引いて襲ってくる。
 大声で叫んで女房に起こされて、あヽよかった、もうちょっとで蜘蛛に食われるところだったと話したらしい。
 おかげで夫の権威はますますあやうくなってしまった。

 今年は蜘蛛が少ないような気がしていたが糠喜びだったようでまたたく間に工房の軒は蜘蛛の巣におヽいつくされてしまった。
 4・5間しか離れていないのにどうも蜘蛛にも好みがあるらしく例年セラミックス・ブロック造りの家の方はそれ程でもないのだが、木材をフランス張りした工房の方はとんでもないことになる。
 虫よけに取らずにおいてあるんですかなどと来客にとぼけた質問をされたものだから、あわてて外に出てみて驚いた。
 ここ一両日の間にわくように出現したにちがいない。親戚の法事があってちょっと工房を空けた隙のことだ。
 まいった。これで今年も蜘蛛との闘いだ。
 これから木枯の吹き始める初冬まで蜘蛛の姿を見るかぎり闘いは続く。

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