(七)
清蔵、てめえ、年の暮れにこそこそと他人のシマ荒らしたぁよっぽど凌ぎに難儀してやがるな。
突然、岡っ引きの文七の銅間声が轟いた。
文七は赤ら顔の大柄な男だ。それが引き戸の敷居を跨いだところで仁王立ちになって吼えている。
いささか芝居がかって見えたのはあるいは外で立ち聞きしながら飛び込む間合いを計っていたからなのかもしれない。
助かったと思ったとたん、不覚にも与平の目には涙が滲んだ。
それにしてもなぜ親分がここに、てんで訳は解らなかったが、いずれにせよ、地獄で仏とはこのことだ。
文七は与平たちが子供のころからこの界隈の治安を取り仕切ってきた岡っ引きだが臍を曲げないかぎり、なかなか人情味のある筋の通った親分だ。
清蔵と呼ばれた男たちのあわてぶりも見ものだった。
すっかり度を失った清蔵を勝ち誇った文七が睨め付けた。
清蔵、どうした、うんとかすんとかいってみろ、なんなら、そこの自身番でじっくり話を聞かせてもらったっていいんだぜ。鼓きゃおまえならいくらでも埃ぐらい出るだろう。
文七は十手をもてあそびながら男たちの周りをゆっくりと廻って一人、一人を吟味していた。おゝかた御尋ね者でもまぎれ込んでいないか確認しているのだろう。
皆が文七に気を取られている隙に入口からもう一人、背の高い、ほっそりとした女が忍び込んできた。お葉だった。
お葉は辺りの状況が気になってしかたがない様子だったが与平の無事な姿を見て、とりあえず安堵したようだ。
清蔵、おまえだって、わざわざここまで出ばってきたんだ、言い分の一つや二つ、あるだろう、ひとしきり、いたぶって溜飲を下げたか、突然文七の調子が変った。
どうでい、それを黙って飲み込んで帰ってくれるんなら俺も今日のことはきっぱりなかったことにして忘れてやる。おたがいすっきりした気分で年を越さねえかい。
落し所をこころえたみごとな文七の科白だった。
この状態で清蔵に有無があるはずもない。
願ったりだ、親分、清蔵も下手に出ていった。
顎をしゃくって手下をうながして、出ていこうとする清蔵に、このガキどもにも今後、手出しは無用だぜ、文七が念を押した。
やれやれと思ったとたんだった。
与平と藤吉はいきなり文七に平手打ちを喰わされてよろめいた。
てめいらもいいかげんにしねえと承知しねえぞ、文七は今、赤鬼のように居丈高に二人の前に立ちはだかっていた。
いつもいつもこんなふうに調子よくものごとがかたづくたあ思うなよ。たまたまおめえの家を訪ねてきたこの娘さんが異変に気づいて、自身番に駆け込んだんだ。俺が自身番に居合わせたのもたまたまのことだぜ。一生の運をみんな使っちまったと思って今後身を慎むんだな、そうじゃなきゃ、てめえら、本当にいずれ簀巻で川に浮ぶぜ。
与平、すまない、俺が馬鹿だった、突然、藤吉が泣き叫びだした。
俺が馬鹿なばっかりに、いつもおまえには迷惑をかける、堰を切ったように言葉と涙があふれかえり、しばらくは誰にも手がつけられなかった。
藤吉が少し落ち着いたところをみはからって与平はどうしてもとけない疑問をついに口に出した。
だけど、どうしてお葉さんは、ここへ。
するととたんにお葉は真っ赤になってうつむいた。
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