ABOUT
土と土地と
ともに
1976年、旭川で始まった風神窯。
1983年、鷹栖へ。
北海道の土と風景のなかで、日々の暮らしに使われる器を作り続けています。

BEGINNING
旭川から始まった
風神窯
1976年6月、片山一が旭川市豊岡3条4丁目に風神窯を開窯しました。屋号や活動内容は、基本的に現在まで変わっていません。
「風神窯」という名前には、二つの物語があります。
これまで表向きには、片山一が修業した笠間の旧名とされる「風間」から「風」を、旭川で粘土が採れる神楽岡から「神」を取り、「風神窯」としたと説明してきました。
けれど、実際の命名は「風人窯」という名前から始まります。「風人」には、フーテンのように自由に生きる人、というイメージも込めていました。
周囲から「名前として少し弱いのでは」と言われ、思い切って「風神窯」に。その名には、作り手の人柄と、当時の空気も残っています。
TAKASU
1983年 鷹栖へ
現在の風神窯がある場所には、かつて鷹栖第二中学校がありました。中学校は1983年3月に廃校となり、現在の工房として使用している建物は、もともと教員住宅として使われていたものです。
廃校後、跡地に文化的な活動をする人を迎えたいと考えた当時の町長から声がかかり、同年10月、風神窯は旭川から鷹栖へ移りました。
以来、この場所で制作を続けています。

THE PLACE
この土地で
つくるということ
田畑と山に囲まれた鷹栖の風景。
季節によって光も、空気も、土の表情も大きく変わります。
風神窯の器は、この土地から切り離されたものではありません。
土を扱い、火を使い、日々の暮らしの中で使われるものをつくる。その営みを、ここ鷹栖で続けています。

HISTORY
風神窯の歩み

- 1973
- 片山一、旭川市立窯業指導所(現・旭川市工芸センター)で研修。その後、笠間市で荒田耕治氏に師事。
- 1976
- 旭川市豊岡に風神窯を開窯。
- 1977
- 3月、室蘭の道新ギャラリーで個展を開催。
- 1978〜2014
- その後、西武旭川店、その後丸井今井旭川店などを中心に、年1回を基本として個展を開催。
- 1983
- 鷹栖町・現在地へ移窯。
- 2017
- 百貨店閉店後の個展としては最後となる作陶展を開催。
- 2021
- アイヌ工芸作品コンテスト入選。
MATERIAL & MARK
土地の素材と
風神窯のしるし
風神窯では、地元で採れる火山灰を主原料とした釉薬を多く使用しています。土地にある素材を取り入れながら、器の表情をつくってきました。
作品の銘は、現在は主に「風」の一文字を押しています。
これまでには、活字や印で「風神窯」と入れたもの、「片山陶器」と押したものなど、時代によって異なる銘も使われてきました。


ARCHIVE
展覧会と
風神窯の記録
1977年3月、室蘭の道新ギャラリーでの個展から、風神窯は作品を発表してきました。その後は旭川を中心に、個展を重ねています。
当時の案内はがきや写真を、少しずつ記録として残していきます。
VIEW ARCHIVE →WORDS
三浦綾子さんによる風神窯の紹介
片山さんの作品は、じっと眺めているよりは、思わず手に取って、じかに触れてみたい作品だ。一度手もとにおくと、何ともいえぬ親しみの湧く作品だ。
「ぼくは、自分の作品が、毎日の生活の中で使ってもらいながら、そこできらっと光るものがあればと、ねがっています」
と、片山さんは言われる。日常の生活を真実に生きている人の言葉だ。その姿勢がおのずから片山さんの作品に現れていると思う。
三浦綾子|作家
MAKERS
二代にわたり
作り続ける

片山 一
かたやま まこと
1947年、帯広市生まれ。
1973年、旭川市立窯業指導所(現・旭川市工芸センター)で研修。その後、笠間市で荒田耕治氏に師事。
1976年、旭川市豊岡に風神窯を開窯。
1983年、鷹栖町・現在地に移窯。

片山 兵衛
かたやま ひょうえ
1978年、旭川市生まれ。
鷹栖中央小学校、鷹栖中学校、旭川東高等学校を経て筑波大学へ。
2001年、大学卒業後に鷹栖へ戻り、父・一とともに風神窯の制作を担う。現在は制作をはじめ、風神窯の活動全般に携わる。