片山一

朝の食卓

なさけない

 テレビから目が離せない事情もあった。背後にあるはずのごみ箱めがけて、前をみたまま丸めたティッシュを肩ごしにぽいと放った。 するとどうしたあんばいか思いもかけず、その一投が見事に決まってしまったのだ。  ふむ、これが百発百中で出来るとしたら...
エッセイ

オートバイ

 親父のオートバイはたしかメグロといったと思う。 あれで250ccもあったのだろうか。 古い、鉄の塊のような重く頑丈な造りだった。 中古で手に入れた親父はピカピカに磨き上げ大事に大事に乗っていた。 そのオートバイを夜中に引きずり出して乗り回...
エッセイ

酒はそこそこ…

 酒はずいぶん飲んできたが本当に好きだったのかどうか、最近ちょっと疑問に思うことがある。 どうも酒が好きなのではなくて、ただ酔って、少し軽くなった頭と口でだらだらととりとめもない会話を続けるのが楽しくて飲んできたのが真実ではないのだろうか。...
朝の食卓

 弟を背負った母は私の手を引いてその坂を上った。私はなえた右足を庇いながら引きずられていく。 もっと右足を使えと母がしかる。 下りは楽だが下れば上りが待っている。 そうして日に幾度上り下りをくりかえしたことだろう。 看護師だった母には機能回...
小説

くすぶり

 女を抱かせてとたしかに男は言ったのだった。 酒を飲ませて、女を抱かせてようやく聞き出した話だ、間違いない。 10才の牝馬の引退レースだ、花を持たせようとみんなで握っている、間違いない。 それで50万貸せと男は言った。 旭川で挽えい競馬がさ...
エッセイ

妄想片

 疲れているのだろう。 このごろ“蒸発”に奇妙な魅力を感じている。 ある日、突然、直面する現実を拒絶する。一切を棄てて身を隠す。 死ねばそれまでだが死ねないところがいかにも人間臭くていい。 この言葉に本来は無関係な失踪の意味が付加されたのは...
朝の食卓

叱られて

 私には二つ違いの弟がいた。 仲のよい兄弟だった。 そのころ、父親はまだ充分におそろしい存在だったが、しかし、男の子にはいたずらが仕事のような時期もある。 怒鳴られ、殴られしながら性懲りもなく、二人して悪さを繰り返していた。 あれはなにをや...
朝の食卓

女友達

 そんなことがなかったおかげでいまだにいい関係が続いている女友達がいる。家が近かったから、子供のころにも一度ならず遊んだはずだが、中学で初めて同じクラスになって、いつの間にか姉弟のように親しんでいた。私のどこかに母性本能をくすぐるものがあっ...
エッセイ

自己啓発ごっこ

 自己啓発のワークショップなどでよくやらされるゲームのようなものの一つにきめられた時間内に自分のやれることをできるだけ沢山、書き出すというのがある。 やれることならなんでもいい。 立てる、歩ける、カーテンが引ける、電燈のスイッチがひねれる・...
エッセイ

厨房の誘惑

 学生のころはアパートに住んだから、当然、炊事、洗濯、掃除、なんでもやった。 親は“男子…”と考えていたかどうか、とりあえず家で強いられることはなかった。見よう、見真似といっても特に関心があったわけではないから意識的に観察したこともない。 ...
エッセイ

尻の下

 尻に敷かれたふりをして遣り過ごせば家の中は万事、丸く納まる、結婚したてのころ、天啓のようにそう悟った。 事実そうだった。 入学のお祝いはいくら包む、香典はいくら、女房には女房の思わくもあるのだろう。まあ女房の思わくの通りでいい。 子供の習...
エッセイ

大工の話

 子供の頃、近所で家の新築工事が始まると、私はもう忙しくて大変だった。 学校から帰ると、なにをさておいても現場に駆けつけた。 あたりには今までになかった活気が満ちている。 香わしい木材の匂い。 棟が今、上がるところだ。 男が二人、左右から柱...
エッセイ

そんなこと

 最近は地球温暖化を実感させられるがついこの間まではここらあたりはよく冷えた。 なんといっても明治35年(1902)、1月25日に氷点下41.0℃という日本観測史上の最低気温を記録している土地だ。 ちなみにこの日、青森では八甲田山を雪中行軍...
エッセイ

電話

 年に一度か二度、ごくたまに朝6時を過ぎるのを待ちかねたように電話が鳴ることがある。 はずかしながら私たちはまだふとんの中で目覚めきらぬ頭につきささるような電話のベルに辟易しながらあゝまた部落のどこかの家で不幸があったなと考えている。 女房...

読む

 年度ごとのベスト・エッセイ集が文芸春秋社から発売されている。 80年台の初めから始まって、かれこれ30年、30冊あまりの本が出ていることになるのだろうか。 一般公募もしているらしいが、ともかく審査委員が選定した五・六十篇のエッセイが一年分...
朝の食卓

父の年

 わが町には長寿番付なるものがあって、大相撲よろしく、年齢順に東西の横綱、大関とふりわけられた氏名の一覧が年に一度正月に配られる。 父の名前が前頭下位に入って以来、毎年、少しずつ順位が上がるのを見るのがひそかな楽しみになった。 それでつい、...
エッセイ

 私が暮らすのは学校だったところだから住宅のまわりにはかなりの空地がある。引越しの当初にはすぐにでもそのぐるりに木を植えるつもりだった。 どんな木がいいだろうと考えている間は楽しかった。 檜葉はあたりまえすぎて、面白くない。ポプラは棄てがた...
エッセイ

ツイてない  

 雨が降っている。なんともうっとうしい。 雨は嫌いだ。とにかく無難に一日やりすごそう、そう自分に言い聞かせて、朝、家を出たのだった。 しかし前を走る若葉マークの小型車が右折の車をかわせなくてぐずぐずしているうちに信号が赤に変わった。それでな...
エッセイ

ツイてる

 たとえば、朝、町に向かって車を走らせていると、まるで待ち構えるように信号が目の前で青に変わる。 一つや二つではままあることかもしれないが、三つ目になるとおやっという気持になるだろう。 四つ続くと、おゝ今日はツイてると誰だって思うはずだ。 ...
エッセイ

好き嫌い

 牛肉は乳くさい臭いが鼻について口に出来なかった。 チーズも食べられなかった。 バターを使ったいためものも熱いうちは平気だったが冷めてくるとやっぱり臭いが気になって箸は止まった。 それでいて、熱い御飯の真中にバターを埋めてちょっと醤油をたら...

高橋和巳

 古本屋で書棚を漁っていたら、ふいに高橋和巳という文字が目に飛び込んできて、思わず本を手に取った。 なつかしい。 名前を聞かなくなって久しいが、私たち団塊の世代の若い頃には教祖のような存在だった。 あの理屈っぽい難解な文章を皆が競うようにし...
エッセイ

蟻が10匹  

 もう5年も前のことになるだろうか。 その年、娘から贈られた父の日のプレゼントは黒い色画用紙を切り抜いて作った蟻だった。 贈り物はいつ、誰にもらってもうれしい。 だから、わくわくしながら小包をほどき、中に黒い蟻しか入っていないのを確認したと...
エッセイ

マイ盃

 マイ箸というんだそうだ。 ハンドバックなどの片隅に自前の箸を忍ばせておいて、レストランや食堂での割箸の使用を自粛する。 森林保護やエコ運動と連動して、結構なブームらしい。 間伐材や端材を使うのだから目くじらを立てることもないという意見もあ...
朝の食卓

何でだろう

 「何でだろう」と1人が言った。 「どうも最近、かみさんが怖くてな。妙によそよそしい態度が続くと、離婚でも切り出されるんじゃないかと、どぎまぎする」 「そりゃあ、おまえの行いが悪すぎたからだ。せいぜい、いじめられろ」。もう1人が、すかさず突...
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