エッセイ

蜘蛛との闘い

 私はなによりも蜘蛛が嫌いだ。生理的に嫌悪を感じる。嫌悪ではなく恐怖かもしれない。実は蜘蛛という字を使う度に鳥肌が立つ。 これはもう立派な神経症というべきだろう。 スティーブン・キングの小説ではないが、前世では蜘蛛の糸に巻かれて生きながら餌...
エッセイ

待たされ上手

 もしそんな言葉があるとしたら私はけっこう待たされ上手な方だろう。 1時間ぐらいなら放っておかれてもたいして苦にはしない。 本があればそれこそ御の字だがそうでなくても、妄想、空想をくりひろげていると時間は思いのほか、早く過ぎる。 呼びかけら...
エッセイ

夫唱不随?

 「何で『ムショ』か知っていたか」と私。 「ケームショの略でしょ」と女房。 「大概の人は、そう思っている。けど、あれはやくざの隠語だ。刑務所ではコメと麦とが『6対4』の飯を食わせる。この6・4でムショになったということだ」 さっき読んだ安部...
趣味のことなど

40年ののち 2

 私は佐伯の絵に納得し、幸福な蜜月は続いた。 佐伯のすべては書物として手の内にある。目をつむれば記憶に残る絵は容易に脳裏に浮かんだ。 私は佐伯のパリ以前初期の絵が好きだ。秀才らしい端正な絵。 自画像が多いのは自意識が過剰だったせいか。 自画...
趣味のことなど

40年ののち(佐伯祐三展で思い出したことなど) 1

 佐伯祐三全画集という本を持っている。朝日新聞社が1200部限定、番号入りで出した。私の本は553番だ。 昭和54年11月の発行だから私は32才、当時私には本屋に友人がいて、ほしいと思えばいくらでもつけで買えた。そんな事情もあったわけだけれ...
エッセイ

グラン・トリノ、あるいはクリント・イーストウッドについて

 映画のタイトルにもなったグラン・トリノはフォード社製の大型セダン、スポーティな装いで人気があった。 しかしそれも一昔前の話だ。 クラシック・カー、訳すると骨董品だろう。それに主人公ウオルトが重なる。 老いたるアメリカ、しかしグラン・トリノ...
エッセイ

息子

 息子にあとをつぎたいと切り出された時には本当に動揺した。 まったく想定外のことで、私は息子が大学に残ることを希望していた。 こんな仕事では食っていけないと思っても私自身がまがいなりにも暮らしてきたのだから、説得力にはかけるだろうと頭をかか...
未分類

希望ヶ丘まで 3

 てんやわんやでひと月やふた月はたちまち過ぎる。 私もとりあえず荷物は運び込んだものの整理がまるでつかず、なかなか仕事再開のめどが立たなくて苛立っていた。 周囲の農家も思いもかけない災害にその手当てでおおわらわだったのだろう。その間、幾度か...
未分類

希望ヶ丘まで 2

 鷹栖町は人口およそ7600人、旭川市に隣接する広大な土地で、上川百万石の中核となる米作地帯だ。 鷹栖の縁をたどれば多少はないわけでもなかった。 私は春になれば山菜採りにこの町の奥に入り込んでいたし、仲間と畑を借りてとうもろこしを作ったりし...
未分類

希望ヶ丘まで 1

 昭和五十八年六月のことだ。当時、私は旭川市豊岡に工房を構えていたが、ある日そこに突然、男が飛び込んできて興信所の名刺を差し出すと悪いようにはしないから、少し内容を教えてくれと言った。 私の仕事は陶芸家、このあたりでは一般的なものではないか...
エッセイ

名刺

 好きで持ち歩くわけではないがないとやはり不都合な場合があるのが名刺だろう。一方的に渡されることもないわけではないが交換が原則だから相手から差し出されて、こちらはないですますには、けっこうしどろもどろの対応をしいられる。それが億劫で外出の際...
エッセイ

医者嫌い

 医者は嫌いだ。 大上段にかまえれば人が人に対してあたかも生殺与奪の権限を持つかのようにふるまう様が不愉快だ。 技術を提供して報酬を受けるのだから医者だってしょせんサービス業ではないか。 てめえ、人から金を取っておいてなんだ、その態度は、と...
エッセイ

隣りの芝生

 家の廻りだけ春が遅いような気がする。 日陰には分厚く雪が残るし、クロッカスも一塊、二塊がようやく紫色の花をつけたところだ。 初夏ともなると、あたり一面、蕗の葉でおおわれて法螺吹き屋敷の面目躍如といった具合になるのだが今はふきのとうもまばら...
趣味のことなど

ライター

 煙草が今日ほど嫌悪されなかった時代、ライターはちょっと気をそそる小道具だった。海外旅行のみやげとしても、洋酒と人気を二分していたのではなかったか。 デュポンとかダンヒルとか高級なライターは蓋をあける音からして違う。なんといおうか、軽やかな...
趣味のことなど

レッドクリフⅡについて少々

 失敗のしようがない映画というのがあるような気がする。 たとえば日本でなら忠臣蔵。あらすじは皆が知っている。皆が好きで映像で観たい気持もある。今度の吉良はあの役者かなどと出来る前から盛り上がる。金をかければかけるだけ大作にもなるだろう。 し...
エッセイ

あな恐ろしや

 「俺が浮気をするのはおまえが悪いからだ。」とあろうことか、妻を前にそう高言した男がいた。 いやおうなくその場に立ち会わざるえなかった私は驚愕し、以来その男を畏敬している。 男児かくあるべし。 それで家庭が崩壊しないのだから見上げたものだ。...
エッセイ

鳥を見る

 家の屋根にコンクリートの煙突が立つ。とうに本来の役目は終え、今は絶好のバードテーブルだ。屋根を汚すと女房には不評だが、隣の工房の窓から集まる鳥を見ていると、時を忘れる。 バード・ウオッチングが流行し始めたころには「そんなこと、人にやってみ...
エッセイ

一日

 朝は八時過ぎに起きる。七分か十分過ぎ、目は八時前に醒めている。まだ少し早いと思いながら、ふとんの中でぐずぐず、今日の予定や段取りなどを算段する。その時間がいい。 ごくまれに寝入ってしまい三十分前後になってあわてて飛び起きる。するとそのあと...
エッセイ

苦しい時は神だのみ

 どうしようもない状況におちいった時には神に縋る。 「神さま、助けて下さい。私はなにも悪くはありません。」まさかそう声に出すわけではないがけっこう真剣に祈る。 すると神助がある。おかげでなんとか無難に切り抜けてこられたのだと思っている。 物...
エッセイ

春遠からず

 東京に住む娘が電話をかけてきて「会ってほしい人がいる」と言った。 とうとう来たかと思いながら平静を装い「いいよ」と答える。「じゃあ予定を立てるね」と娘。 「だけど、そんなに急がなくちゃならない理由でもあるのか」という私の声は、いささかうわ...
小説

タケⅧ 終章

 トマス・ハーディなんて聞いたこともない。時間と資料さえあれば何とでも出来ると思うが、明日というわけにはいかない。現実的な話をしようと私はいった。 若い女のむせかえるような匂いのこもった部屋で私たちは膝をつきあわせていた。 それであんた、そ...
小説

タケⅥ

半荘四回の約束で私たちのゲームが始まった。 場が変わっても男はそのままツキを持ち込んで一荘、二荘とらくらくトップを取った。 私とタケはしのぎにしのいでようやく二着、三着にすべり込んだ。山崎と呼ばれた分厚い眼鏡の男も一人で雀荘に出入りするだけ...
小説

タケⅤ

 よし、仕込みはこれぐれえでしめえだ、タケは言うとどこからかジョニ黒のビンを出してきて封を切った。 前祝いだ、明日からは雀荘に出るぜ。 たっぷり酒の注がれたグラスを私は感慨深く受け取った。生涯、こんなウイスキィーを口にする機会はあるまいと思...
小説

タケⅣ

 私たちが学生生活を送った昭和四十年代前半、大学はどこでも、騒然としていた。 安保以後、一時停滞したかにみえた学生運動は細分化しながら盛り返し、内ゲバと称する内紛を繰り返していた。近親憎悪とでもいうのだろうか。その私闘は凄惨を極め、大学内に...
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