朝の食卓

風邪かもしれない

 ごほんと一つ咳をして台所の女房をうかがった。食事の準備に夢中で聞きもらしたか、反応がない。そこでごほん、ごほんとさらに大きく咳をする。 どうも今朝は身体が重い。けっこう熱もあるんじゃないか。 こんなに具合が悪そうなのにどうして女房は気付い...
小説

待つ (二)

 日が翳って、庭の石組の陰が長い。 申の刻は少し過ぎただろうか。 蝉の声もいつか止んでいる。かすかな風が単衣の肌に心地好かった。 つい、この間まではこうしていると藪蚊が執拗に襲ってきて閉口したものだが今日はもうそれもない。 人間落目になると...
エッセイ

級友再会

 思いがけなく東京の、それも表参道で作品を展示する機会を得た。地域力宣言2010という全国商工会連合会の催事で、全国から39社、私のところは北海道を代表する形で出品する。 どのような基準で選考があったものか、ともかく望外のことだった。 しか...
やきもの

電気炉

 最近の電気炉にはあたりまえに自動焼成装置が組み込まれていて、スイッチを入れさえすればそれですむ。誰れでもそこそこに焚き上げることが可能なように出来ている。 あの問題はどうするの、この件についてはどうなるのと玄人としてはつっこみの一つも入れ...
やきもの

轆轤

 どうしてロクロというのだろう。 ロクロを引きながら、時々そんなことを考える。 ものの名前にはそれぞれに意味がある。ただ長い年月の間にそれが忘れられてしまうのだ。 滑車などをそう呼んだり、六路と当てて、四方八方の意味で使ったりする例もあるか...

古本万才

 本のリサイクルが一般化したおかげで、以前ならけして手にしないような本にも関心が及ぶようになった。 なにか新しい遊び場を発見した子供のように暇をみてはいそいそと古本屋に出掛けている。 行けば手ぶらで戻ることはまずないが、なに、今どき、これ程...
エッセイ

ピストル

 たしか巻玉といったような気がするがはっきりしない。 少量の火薬を等間隔に埋めて、帯状に巻いたもので10円玉程の大きさがあったろうか。それ用のピストルに仕込んで撃つとパチッとはじけた小さな音が出た。 引鉄に連動して帯を繰り出す仕掛けがあって...
朝の食卓

なさけない

 テレビから目が離せない事情もあった。背後にあるはずのごみ箱めがけて、前をみたまま丸めたティッシュを肩ごしにぽいと放った。 するとどうしたあんばいか思いもかけず、その一投が見事に決まってしまったのだ。  ふむ、これが百発百中で出来るとしたら...
エッセイ

オートバイ

 親父のオートバイはたしかメグロといったと思う。 あれで250ccもあったのだろうか。 古い、鉄の塊のような重く頑丈な造りだった。 中古で手に入れた親父はピカピカに磨き上げ大事に大事に乗っていた。 そのオートバイを夜中に引きずり出して乗り回...
エッセイ

酒はそこそこ…

 酒はずいぶん飲んできたが本当に好きだったのかどうか、最近ちょっと疑問に思うことがある。 どうも酒が好きなのではなくて、ただ酔って、少し軽くなった頭と口でだらだらととりとめもない会話を続けるのが楽しくて飲んできたのが真実ではないのだろうか。...
朝の食卓

 弟を背負った母は私の手を引いてその坂を上った。私はなえた右足を庇いながら引きずられていく。 もっと右足を使えと母がしかる。 下りは楽だが下れば上りが待っている。 そうして日に幾度上り下りをくりかえしたことだろう。 看護師だった母には機能回...
小説

くすぶり

 女を抱かせてとたしかに男は言ったのだった。 酒を飲ませて、女を抱かせてようやく聞き出した話だ、間違いない。 10才の牝馬の引退レースだ、花を持たせようとみんなで握っている、間違いない。 それで50万貸せと男は言った。 旭川で挽えい競馬がさ...
エッセイ

妄想片

 疲れているのだろう。 このごろ“蒸発”に奇妙な魅力を感じている。 ある日、突然、直面する現実を拒絶する。一切を棄てて身を隠す。 死ねばそれまでだが死ねないところがいかにも人間臭くていい。 この言葉に本来は無関係な失踪の意味が付加されたのは...
朝の食卓

叱られて

 私には二つ違いの弟がいた。 仲のよい兄弟だった。 そのころ、父親はまだ充分におそろしい存在だったが、しかし、男の子にはいたずらが仕事のような時期もある。 怒鳴られ、殴られしながら性懲りもなく、二人して悪さを繰り返していた。 あれはなにをや...
朝の食卓

女友達

 そんなことがなかったおかげでいまだにいい関係が続いている女友達がいる。家が近かったから、子供のころにも一度ならず遊んだはずだが、中学で初めて同じクラスになって、いつの間にか姉弟のように親しんでいた。私のどこかに母性本能をくすぐるものがあっ...
エッセイ

自己啓発ごっこ

 自己啓発のワークショップなどでよくやらされるゲームのようなものの一つにきめられた時間内に自分のやれることをできるだけ沢山、書き出すというのがある。 やれることならなんでもいい。 立てる、歩ける、カーテンが引ける、電燈のスイッチがひねれる・...
エッセイ

厨房の誘惑

 学生のころはアパートに住んだから、当然、炊事、洗濯、掃除、なんでもやった。 親は“男子…”と考えていたかどうか、とりあえず家で強いられることはなかった。見よう、見真似といっても特に関心があったわけではないから意識的に観察したこともない。 ...
エッセイ

尻の下

 尻に敷かれたふりをして遣り過ごせば家の中は万事、丸く納まる、結婚したてのころ、天啓のようにそう悟った。 事実そうだった。 入学のお祝いはいくら包む、香典はいくら、女房には女房の思わくもあるのだろう。まあ女房の思わくの通りでいい。 子供の習...
エッセイ

大工の話

 子供の頃、近所で家の新築工事が始まると、私はもう忙しくて大変だった。 学校から帰ると、なにをさておいても現場に駆けつけた。 あたりには今までになかった活気が満ちている。 香わしい木材の匂い。 棟が今、上がるところだ。 男が二人、左右から柱...
エッセイ

そんなこと

 最近は地球温暖化を実感させられるがついこの間まではここらあたりはよく冷えた。 なんといっても明治35年(1902)、1月25日に氷点下41.0℃という日本観測史上の最低気温を記録している土地だ。 ちなみにこの日、青森では八甲田山を雪中行軍...
エッセイ

電話

 年に一度か二度、ごくたまに朝6時を過ぎるのを待ちかねたように電話が鳴ることがある。 はずかしながら私たちはまだふとんの中で目覚めきらぬ頭につきささるような電話のベルに辟易しながらあゝまた部落のどこかの家で不幸があったなと考えている。 女房...

読む

 年度ごとのベスト・エッセイ集が文芸春秋社から発売されている。 80年台の初めから始まって、かれこれ30年、30冊あまりの本が出ていることになるのだろうか。 一般公募もしているらしいが、ともかく審査委員が選定した五・六十篇のエッセイが一年分...
朝の食卓

父の年

 わが町には長寿番付なるものがあって、大相撲よろしく、年齢順に東西の横綱、大関とふりわけられた氏名の一覧が年に一度正月に配られる。 父の名前が前頭下位に入って以来、毎年、少しずつ順位が上がるのを見るのがひそかな楽しみになった。 それでつい、...
エッセイ

 私が暮らすのは学校だったところだから住宅のまわりにはかなりの空地がある。引越しの当初にはすぐにでもそのぐるりに木を植えるつもりだった。 どんな木がいいだろうと考えている間は楽しかった。 檜葉はあたりまえすぎて、面白くない。ポプラは棄てがた...
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