エッセイ

ツイてない  

 雨が降っている。なんともうっとうしい。 雨は嫌いだ。とにかく無難に一日やりすごそう、そう自分に言い聞かせて、朝、家を出たのだった。 しかし前を走る若葉マークの小型車が右折の車をかわせなくてぐずぐずしているうちに信号が赤に変わった。それでな...
エッセイ

ツイてる

 たとえば、朝、町に向かって車を走らせていると、まるで待ち構えるように信号が目の前で青に変わる。 一つや二つではままあることかもしれないが、三つ目になるとおやっという気持になるだろう。 四つ続くと、おゝ今日はツイてると誰だって思うはずだ。 ...
エッセイ

好き嫌い

 牛肉は乳くさい臭いが鼻について口に出来なかった。 チーズも食べられなかった。 バターを使ったいためものも熱いうちは平気だったが冷めてくるとやっぱり臭いが気になって箸は止まった。 それでいて、熱い御飯の真中にバターを埋めてちょっと醤油をたら...

高橋和巳

 古本屋で書棚を漁っていたら、ふいに高橋和巳という文字が目に飛び込んできて、思わず本を手に取った。 なつかしい。 名前を聞かなくなって久しいが、私たち団塊の世代の若い頃には教祖のような存在だった。 あの理屈っぽい難解な文章を皆が競うようにし...
エッセイ

蟻が10匹  

 もう5年も前のことになるだろうか。 その年、娘から贈られた父の日のプレゼントは黒い色画用紙を切り抜いて作った蟻だった。 贈り物はいつ、誰にもらってもうれしい。 だから、わくわくしながら小包をほどき、中に黒い蟻しか入っていないのを確認したと...
エッセイ

マイ盃

 マイ箸というんだそうだ。 ハンドバックなどの片隅に自前の箸を忍ばせておいて、レストランや食堂での割箸の使用を自粛する。 森林保護やエコ運動と連動して、結構なブームらしい。 間伐材や端材を使うのだから目くじらを立てることもないという意見もあ...
朝の食卓

何でだろう

 「何でだろう」と1人が言った。 「どうも最近、かみさんが怖くてな。妙によそよそしい態度が続くと、離婚でも切り出されるんじゃないかと、どぎまぎする」 「そりゃあ、おまえの行いが悪すぎたからだ。せいぜい、いじめられろ」。もう1人が、すかさず突...
エッセイ

書けないときには

 書けないときには書かないと素人なら居直ってしまえばすむのだが、玄人となるとそういうわけにもいかないらしい。 たしかになりわいがかゝるし、約束をほごにしたあとの応報もこわいものだろう。 書けないときも書くのがプロだなんて見栄も馬鹿にできない...
エッセイ

冬隣

 欠礼挨拶の葉書はどうして、どれも一様に紋切型になるのだろう。 やんことなく急場を凌ぐものであればわからないでもないけれど、そうでなくても結局、似たり寄ったりのところに落着いてしまうようだ。 賀状にはひとかたならぬ凝り方をする人であっても、...
エッセイ

腕時計

 最近では千円でおつりがくるような腕時計もめずらしくなくて、それが信頼性や耐久性、デザイン性でも馬鹿にできないのだという。 中途半端よりいっそと愛用する女の子も少なくないらしい。 しかし、いいかげんな年になったらそれなりのものをと思うのも人...
朝の食卓

車いす

 札幌ドームでは案内の女性が私を見て、「けっこう歩きますけど」と言った。 大丈夫だとは思ったけれど、団体での見学だったし、息子がついていたこともあって、あえて無理はせず、車いすに乗ることにした。 私は両足に障害があるが、ずっと肩ひじ張って生...
エッセイ

ゆめぴりか賛歌

 農業にはなんの関心もなかった。だから知識も小中学生程度もあったかどうか。 水田や畑が近所になかったわけではないが親の仕事とは関係がなく、そういう人とたちとの接点もまるでなかった。 家にも猫の額ほどの畑があり、母親が家計の足しにトマトや大根...
エッセイ

霍乱

 朝、起きるとはげしい眩暈がして立っているのも困難な程だった。小用をたすにも支障をきたすぐらいで吐き気もある。 とりあえず這うようにしてベットに戻った。 ベットに臥すと小康を得るがそれで納まったかと起きあがるとやっぱり目は廻る。 なんのこと...
エッセイ

 北海道の秋景色が本州と比べて、なにかものたりないのは柿の木がないせいかもしれない。 本州の山里では枯山水に柿の実がぽっりと一つ色を添えてえもいわれぬ風情を醸す。 もっともあれは偶然ではなく、あえて一つ残すのだそうだ。木守というそんな風習を...
エッセイ

夢を話せば

 本当は船乗りになりたかった。 山育ちだからと単純に合点してもらってはこまる。そういう理由もないわけではないだろうがもっと心の奥に要因はあったのではないか。きっと心理学者なら興味ある分析をしてみせるだろう。 努力する以前に障害があるのだから...
エッセイ

女友達

 ひょっとすると、そんなことになっても、おかしくなかったはずなのにそんなことがなかったおかげでいまだにいい関係が続いている女友達がいる。 幼い頃には近くに住んだがたいして口をきいたこともなかった。もっとも近所に数多くいた似たような年恰好の子...
エッセイ

花の名前

 花の名前を覚えようとしたことがある。日本の詩歌を正しく観賞しようと思えばそれは必要なことだと思ったからだ。 たとえば万葉集、およそ4500首の内に植物が読み込まれたものが3分の1をこえる。桜、梅、椿など日本人として生長するうちに当然のよう...
趣味のことなど

105円の至福

 昔、古本屋はなかなか敷居の高いところだった。 立て付けの悪い引き戸を開けて、中に入ると奥の番台から下半身を毛布に包んで読書に熱中していたらしい白髪の親父にじろり、眼鏡越しに値踏されて、そこから先へ足を進めるにはちょっとした勇気が必要だった...
エッセイ

靴のことなど

 靴を選ぶ女房の姿を見るのが好きだ。 履きごこちをたしかめたり、鏡に写して様子を見たり、色の違うもの、型の違うもの、あれこれととっかえひっかえ迷う姿を見ているのが好きだ。 私自身がそんなふうにして靴を買うことが出来ないせいもあるかもしれない...
エッセイ

雨蕭蕭

 9月。英語を母国語にする人たちでも、やっぱりセプテンバーという言葉にはある種の哀愁を感じるものなのか。 それとも、親の親の代あたりが初めて聞く異国の言葉にセンチメンタルな想いを仮託した、それを引きずるこの国特有の現象か。 長月とはいったも...
映画

絶賛

 「96時間」が面白かった。 ひさしぶりに映画を堪能した気分だ。 それこそ息をつくひまもない感じだった。 だからといってせわしいのとも違う。 フランス映画らしくプロローグとエピローグには全体の3分の1の時間もとっている。 導入部の説明的な場...
エッセイ

闘いすんで…

 政治はショーだとは誰の言葉だったろう。 へたな芝居よりもというがたとえ上手なものだとしてもこれを上まわる興趣を与えてくれるかどうか。 心臓に毛を生やした先生としても予想外の危機ともなれば形振などかまってはおれぬのだろう。 自分の娘のような...
エッセイ

ちょっと冴えないホラ話

 アルゼンチン。ブエノス・アイレスの街角では花売りや新聞売りにまじってりんご売りが軒を連ねている。 木工ロクロのできそこないのような妙な機械にりんごをはさんでくるくるまわすと面白いように皮がむけていく。 ふうん、りんごの皮むきにはいささか自...
未分類

ふりさけみれば4 綿あめ慕情

 どんなにおいしいものだろうと思っていた。地方によっては電気あめ、綿菓子とも呼ぶのだろうか、あの夢か、雲のようにはかなくふくらんだ綿あめのことだ。いかにも特別な日の特別なおやつらしく夏のあいだだけ、祭やお盆には駄菓子屋の横に屋台が出た。 風...
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