増毛は終着駅だ。ホームの先で線路は途切れ、いかにも車止然とした車止がここで写真をお撮り下さいと言った感じで設置されている。一瞥してやり過ごそうとしたが声がかかり写真。とりあえずスポンサー付きの身だ。
十数人程の降客があったはずだが、そんなこんなの間に皆散ってしまい、駅前には私たち二人だけが残る。
たしか駅の裏手は港だったはずだと、古い記憶が蘇ってくる。
昔は一時、よく来た町だ。この町へと言うより、その先の別刈だの何だのという小さな漁村へ。通りすがりだがラーメンを食べたり飲み物を買ったりはよくしたものだ。
私は若く妻や子がすでにいたが、まだ夫にも親にもなりきれずに毎日のように飲んだくれていた。つるむ連中は皆、私より若かったが最も年若な寿司屋の職人が店を持った矢先で私たちはそこでたむろした。たまに家にいると呼び出しの電話がかかってきたりする。朝まで飲んで店を閉めると海に向けて車を走らせる。増毛へ行こうは私たちの合い言葉だった。
浜で漁の後始末をする漁民に近づいて章魚だのほやだの生魚をただみたいに買い叩き、戻るとそれを肴にまた酒盛りだ。そういう生活だったからさすがに女をかまう余裕はなく、それが唯一、妻が私を見棄てなかった理由ではなかったろうか。
あの頃、駅裏はいつ来ても工事中だった。
今は車道も歩道も家並も小奇麗に整備されている。ただどこにも人の気配がなく、何か休業の遊園地に紛れ込んでしまったようだ。
あっちですね、と佐々木さんが指指す案内板もこじゃれている。
国稀酒造、徒歩五分、しかし私の足でも五分とかからなかったろう。
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