⑥片山一の文章

エッセイ

パッチ

 標準的にはメンコが正しいのだろうが、バッタ、ツタンケなど各地方ごとに独特の呼び方もあったという。 私たちはパッチといった。 北海道は広いからどこでもそうだとはいいきれないが居酒屋で雑談の合間に聞き及んだかぎりでは北見でも余市でもやっぱりそ...
エッセイ

新年

 どうしてこの日を年の始めと定めたのかといったことを考えている。 とりあえず掃除をすませ、鏡餅も飾った。風呂に入って髭もあたった。 いささか腹もへったし年越しの小宴が待ち遠しい。 しかし女房は依然、気忙しく立働いている。思いどおりに事が運ん...
エッセイ

「棚ぼた」顛末記

 それであんたは綾子とは親しいのかと男はいった。 いきつけの居酒屋だった。 男とも目顔で挨拶を交す程の面識はあった。 だが三浦先生をいきなり綾子などと呼び棄てにするとはなんだ。 私は不快な感情を露骨に顔に出したかもしれない。 作品展の案内葉...
エッセイ

三浦先生のロクロ

 綾子先生は本当のところ、どれぐらい焼きものに関心がありだったのだろう。 思いがけない知遇を得るきっかけもおそらく私が陶芸家であったことと無関係ではなかったと思う。 私が義父の土地を借りて独立したのは昭和51年6月のことだが、工房が先生のお...
エッセイ

浮気の愉しみ

 浮気は文化などと居直るつもりはない。 残された時間もそれ程、多いわけではなく、今、予定している計画だって、おそらくその半分も達成できずに終るだろう。 時間の貴重さは身に浸みてわかっている。 年齢相応の分別も弁えているつもりなのだが、どうい...
小説

闇の果て (十二)

 ここは弥平さんのお家じゃなかったですかね。 夜になっても熱気が納まらず、開け放したままの戸から見知らぬ男が顔を覗かせていった。 弥平は私の父ですが二年前に亡くなりました。 それじゃ、おまえは誰だ、弥助かい、突然、男はぞんざいな口をきいた。...
小説

闇の果て (十)

 半夏生の小祝いが終わると、それを待ってでもいたかのようにぴたりと雨が上がった。 梅雨明けには早いように思われたが作物は例年になく順調に生育していたし、その時点では誰もがいかほどの不安も感じてはいなかった。 だがそれ以来、まったく雨は降らな...
小説

闇の果て (十一)

 どこでどう聞きつけるのか村に飢饉の噂が立つとまずやってくるのが女衒たちだ。 わずかな金で村中の娘を買い漁っていく。 飢えて死ぬのと体を売って生きるのと、どちらが切ないか判断の難しいところだが、少なくとも親にとっては目の前で子供が瘦せ衰えて...
小説

闇の果て (九)

 弥助は夕方になってようやく家にたどりつくとそのまま蒲団に倒れこんだ。 弥助の症状がなんだったのかは解らない。 過労か、風邪か、それとも本当に怨霊にとりつかれたものか、とにかく傷を負った獣がひたすら寝て回復を待つように弥助は眠った。 そうし...
小説

闇の果て (八)

 刑場を出ると弥助はひたすら帰路を急いだ。 とにかく一刻も早く家に帰りたかった。 家に帰って眠りたい。 しかし気は急くのだが足は思うようには運ばなかった。 どうしたことだろう。一歩一歩が宙を踏むように心許無く身体は一向に前には進まないのだ。...
小説

闇の果て (五)

 弥助は十九才になっていた。 春、畔の縁の雪が融け、桜が散り、郭公が鳴き始めると百姓の血は騒ぐ。 待ちに待った田植えの季節だ。 夕暮れどきなど、すでに目の前に海とみまごうばかりの景色が広がっている。 秋の実りを思い描いて気がはやるのはなにも...
小説

闇の果て (六)

(六) 杉蔵は川向うの部落の小作農家の次男だが、身体が弱いこともあって、ずっと親元を離れずにきた。 長男がすでに嫁をとって、親のあとをついでいたから、さぞ肩身のせまい思いで暮らしていただろうことは想像がつく。 弥助は杉蔵のうらなりのような青...
小説

闇の果て (四)

 弥助には兄弟が四人いた。 一番上に姉、中二人に兄、そして妹だ。 しかし弥助に上、三人の記憶はほとんどなかった。 すぐ前に育たなかった兄と姉が一人ずついて、それで年が離れている。 姉は早くに商家に奉公に出て、そのうち同じ店の奉公人の一人と結...
小説

闇の果て (二)

 家に逃げ帰ってからも、弥助の心は鎮まらなかった。 いずれ悪事は露顕する、そんな確信めいたものがあって、自分で自分を嘖なまなければなかなかった。 馬鹿なことをしたものだという想いとあれは事故で責任はないという言訳が胸の内で鬩ぎ合う。そうして...
小説

闇の果て (三)

 秋が立ち、村祭りの日が来た。 その村の祭りは俗に種付け祭りとも呼ばれ、三日三晩を騒ぎ狂う。若者も大っぴらに娘を誘ってまぐわうことを許される年に一度の無礼講だった。 娘たちに異存があったかどうか、少なくとも親に有無はなかった。 下手に拒むと...
小説

闇の果て (一)

 弥助が十五才の時だ。 その年の盛夏のある日のことだった。 じっとしていても汗ばむ程の陽気で日はまだ中天にぎらついていた。 野良で雑草を刈っていた弥助がふと顔を上げると女が一人、街道筋を北に向って急ぎ足で通り過ぎるのが目についた。 町娘ふう...
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仔ぎつね、おコン 【まとめ】

【1】【2】【3】【4】【5】
小説

仔ぎつね、おコン 【5】

 お紺の母親というのが源次の仕事上りの時刻を見はからって浅草、三間町の裏店を訪ねてきたのはそれからさらに二、三日あとのことだ。 「上州屋の家内、お栄ともうします」 駕籠を戸口に待たせて入ってくるといきなり切口上の挨拶だった。 ちょうど卓袱台...
小説

仔ぎつね、おコン 【4】

 「三間町の源次って大工はおめえかい」 突然声をかけられて、あわてて顔を上げると図体の馬鹿でかい男がぬっくと突立っていた。 「俺ぁ、入舟町の甚六ってえ目明しだ。ちょっと聞きてえことがあるんだが、ここでいいけえ、なんならこの先の自身番でもかま...
小説

仔ぎつね、おコン 【3】

 源次は一心に鉋の刃を研いでいる。 大村産の仕上砥は赤子の肌のように艶やかにぬめり、刃はぴったりと吸いつくようだ。このまま手を止めると刃は二度と剝がれなくなるかもしれない。 規則的に水を打ちながら源次の手はさっきから、まったく同じ角度、同じ...
小説

仔ぎつね、おコン 【2】

 翌朝も源次は仕事で早くから出掛けなければならなかった。 女のことが気にかゝったが別に盗られるものもないと腹を括ることにした。 女に目を覚す気配はさらになかった。朝の光でみる、女の寝姿は夕べ灯火で見たよりもさらに子供のように見える。 ふいに...
小説

仔ぎつね、おコン

 「あんたなんか大嫌いだ」 戸口で振り返ると女は捨台詞を吐いた。 「上等だ、俺だって、てめえみたいなズベタ、二度と顔なんか見たくもねえや」 喉まで出かけた買い言葉をなんとか呑み込んだのは源次の未練だったのかもしれない。 ぴしゃりと戸を閉めて...
エッセイ

春の愁い

 工房の周りにはかなり広い土地がある。 いつか、木を植えよう、花でもいいと思いながら結局、手を付けることはなかったからおそらくこれからもそのままだ。 もう30年を過ぎたが毎春、先住者が残した福寿草、野良生えの水仙がわずかに顔を出す。 庭とい...
エッセイ

東日本大震災

 3月15日、火曜日、夜。 比較的おだやかな気候だが気持は落着かない。 東北地方は今夜あたりから冷え込むという。 地震発生から5日、被災地ではいまだ茫然自失の状態が続いているようだ。 体験の過酷さを思えば無理のないことかもしれない。 それに...
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