春遠からず

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 東京に住む娘が電話をかけてきて「会ってほしい人がいる」と言った。
 とうとう来たかと思いながら平静を装い「いいよ」と答える。「じゃあ予定を立てるね」と娘。
 「だけど、そんなに急がなくちゃならない理由でもあるのか」という私の声は、いささかうわずったかもしれない。「いや、そんなことはないんだけど」という娘に私はいくらか安堵(あんど)する。「それじゃあ春になってからにしよう。何もこんな寒いときに…」と日のべさせたが、その春が近づいてくる。

 「大きくなったらお父さんと結婚する」とチューをしてくれたのが、昨日のことのようだが、もう二十八歳だ。理性の部分では十分承知しているが、「どうしようもないバカ男がやって来たらどうしよう」などと考え出すと感情は千々に乱れる。相手の男は一応、職はあるようだが、「それだって次の日には平気で辞めたりするからな」と、どうも愉快な想像が浮かんでこない。
 草葉の陰で義父が笑った気がする。私が女房の家を最初にたずねた時のことを
義父の身になって考えてみたりする。あの時、義父はどう自分を納得させたのだ
ろう。

 「お父さんが一生懸命育てた娘なんだから、信じてやらなくちゃ」などとした
り顔で言う女房がうるさい。春なんて来なければいい。だけど、ちょっと待ち遠
しい気もする。

(2009年3月2日 北海道新聞 朝の食卓に掲載)

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