アルゼンチン。ブエノス・アイレスの街角では花売りや新聞売りにまじってりんご売りが軒を連ねている。
木工ロクロのできそこないのような妙な機械にりんごをはさんでくるくるまわすと面白いように皮がむけていく。
ふうん、りんごの皮むきにはいささか自信のある私は目を奪われた。
しかし近寄ってよく見ると果肉の方も3分の1ぐらいそぎとっている。
なんじゃい、これは、と思ううちにみるみる対抗心がわいてきた。
気配を察して袖を引く女房をふりきって1歩、2歩近づくと、おれにナイフを貸してみろ、もちろんスペイン語でそう言った。
りんごは逆さにして、尻からむく。私が左手にりんごをとって、右手のナイフで皮をむき始めると見る間に黒山の人だかり。ナイフを進めるのではなく刃は軽くたてて。りんごをまわすように、皮を引くように。もっともそこいらはあうんの呼吸だ。
さすがに緊張はしたが一度も途切らずに皮をむき終えるとやんやの拍手、口笛さえもまじるではないか。
おっ日本人、すごい、これ手品か、
手品じゃないよ、日本人、だれでもこれぐらいのことはする、だから、ラジオ、テレビ、車、手で作るものはみんなすばらしいだろ。
外国に出ると人は愛国者に変わるようだ。
差し出される手に皮をむいた方をわたして、再びりんごを左手にとる。
むき始めると皆が息を呑むのがわかる。2個目は緊張もほぐれ最初よりもずうっと手早く、上手にむけた。
女房が目顔で制止するのを無視してさらに3個目、4個目、そうやって30分も遊んだろうか。
大喝采の中、屋台を離れようとするとりんご売りがあわてて肩をたたく。
もういいだろう、礼はいらないぜ、だがよく聞くとりんご代を払えということだった。それにしてもいったい何個分の代金を請求されたことだろう。どさくさにまぎれてずいぶんぼられたような気がする。
プッタケテパリオ、これは馬鹿野郎というより、もっとひどい悪口だがあえて訳はつけない。
さすが地球のうら側では常識も違う。
あとから女房には怒られるやら笑われるやら。
おかげで今日までどうにも頭があがらない。
(北海道新聞・朝の食卓 2009年8月22日掲載ブログバージョン)
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