師匠

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 師匠の釣りは世間一般の釣り好きとは少し違っていたかもしれない。
 釣りが出来ればそれでいいというようなところがあった。
 ちょうど釣りを覚えたての小学生が学校から帰ると玄関にカバンを投げ棄てて、あわてて一本竿とバケツをかゝえて川に駆けつける、そんな風情が師匠にはあった。
 本来、釣り好きとはそういうもののはずなのだがしかるべき年令になり、しかるべき地位を得ると人は趣味でも自分を飾るようになる。
 茅渟だ鮎だと小煩い御託を並べるのはそのせいだろう。
 師匠にはそういうこだわりがまるでなかった。
 道具にも凝ったふうはなかったし薀蓄を語ることもなかった。
 とりあえず水面に釣り糸を垂らしていればそれで満足そうだった。
 釣果を気にしないのも嬉しかった。
 幼い頃、お父上を亡されて、苦労に苦労を重ねた思い出話は直接師匠から聞く機会もあったわけだが、だからといってこのような釣りの好みをそれで説明できるわけでもない。
 突き詰めればやはり人のありかたの根元に近づく。
 
 私の父なども釣りは好きな方だったが結果次第では人格が変わるようなところがあった。
 私が釣りにあまり関心を持てなくなったのはそのせいもあるかもしれない。
 師匠運という言葉がもしあるならば私は運がよかったのだとつくづく思う。
 当時、私は内弟子として運転手を兼ね、外出の際は常にお供をする立場だった。
 作陶中のことも考えるとあるいは奥さまより、接触する時間は長かったかもしれない。
 窯をたきあげた翌日は釣りというのはほとんど決まりのようなものだった。
 意外にせっかちなところのある師匠はたきあげた窯が気になって、あれこれのぞいているうちに風を入れて、作品を駄目にした経験が一度ならずあったに違いない。
 陶芸家なら誰もが覚えのあることだと思う。
 いささか尾篭な話だが直りかけのできものをいじくるようなもので一度、気にしだすと瘡蓋をはがして血を出すまでは止められない。
 ここ一番と気合が入った時にかぎってそういうことになるのだから始末が悪い。
 私も師匠の教えを守って、そんな時はけして窯場に近寄らないよう気をつけている。
 
 舟宿に一泊して、翌朝早く沖に出てというようなことを私は給金をもらいながらやっていたわけで釣り好きにはよだれの出そうな話かもしれない。
 それをたいして感謝もせずにいたのだから、今から思えば私もけっこう横柄なものだった。
 もっとも最初の頃、竿を渡されて、師匠の横に座らされることがなかったわけではない。
 指摘されて竿を上げると糸の先に小魚がついていた時など、やっぱり少なからず心はどよめいた。
 しかし、私はかなり年がいってから陶芸の道に進んだので、それ自体がすでに道楽だと思っていた。
 それ以外の道楽を持つつもりも余裕もなかった。そういう私のおざなりの様子はどうもなんとなく師匠にも伝わったとみえて、じき、相手にされなくなったのは幸いだった。
 師匠が釣りをする間、私は自由を得たわけで、居眠ろうが本を読もうが、それは私の勝手だった。
 考えればもったいない話だ。師匠は密かにそんな弟子を物足りなく思うこともあったのだろうか。
 師匠のところではいつも数人の弟子を置いているのだがどういうわけか私のいた頃には一人だった。
 ちょうど作陶上の端境期にあたっていたのかもしれない。
 あからさまに較べられることのなかった私はその点でも幸せものだ。
 
 贅沢な時間は思い出になっても贅沢なものだ。
 雨の日、堤防の端、ぎりぎりに車を付けさせて後部のドアを張ね上げると、そこにどっかと腰を下してひがな一日、ポケットビンのウイスキーをちびりちびりと飲みながら浮子を見つめていた師匠の姿が目に浮ぶ。
 多少無理してでも時間を取ってやっぱり師匠に会いにいってこよう。

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