タケⅢ

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 あんた自分ではうまいと思っているだろう、話の方向を変えてタケが言った。
 まあ、そこそこには打てるんじゃないか、言葉を選びながら私は答えた。
 そうだよな、だけど、今の打ち方じゃ、そこまでだ、それ以上には決してならねえぜ。
 なぜだという言葉を飲み込んで、私は目顔でタケをうながした。
 言ってやってもいいが、聞いてどうする。
 わかる話なら、修正するように努力するよ。
 それじゃ駄目だ、話がわかったら俺の下手にまわれ、俺が本当のマージャンを教えてやる。
 わかったとは私は答えなかったが、タケにはすでに獲物を手繰り寄せた感触があったことだろう。

 自分で見切れる範囲でしか遊ばねえんじゃ、今以上になれるわけがねえってことはお前さんだってわかってるんじゃねえか。何をビビッてるんだ、こっちへ来い、やりゃあやるほどマージャンてのはとことん面白えもんだぜ。
 タケは見るところは見ていた。私にはタケがじれるところが痛い程よくわかった。
 理性が勝つといえば聞えはいいが結局のところ臆病で度胸がないのだ。落ちる機会は今までにだって随分あった。それが出来なかったのは唯、逃げ足が利かないとわかっていたからだ。
 人生そうそう走って逃げなければならない場合があるとも思わないが最初から走れないと決まっているのも切ないものだ。

 どうせ、お前さんには決断がつかねえと思ってな、用意してきたんだ。俺と勝負しよう、言ってタケはジャケットのポケットから牌を四個取り出した。
 ここに二萬と八萬が二個ずつある。よく見ろ、ガンはついてねえぜ。俺はどっちか一方の単騎で待つ。放銃したらお前さんの負けだ。俺の言うことを聞け、私は二萬と八萬を一枚ずつ手にとった。
 タケは残りの二枚をポケットに戻すと、一枚を選び出して卓に伏せた。
 勝負だ。
 私が一瞬、逡巡すると、タケが言った。
 余計なことかもしれねえが、この選択ではおよそ七割が二萬を切る。
 心理学か、私が聞いた。
 いや、統計学だ。
 私は二萬を切った。
 どうしてそれを切った、いきあたりか、タケが言った。
 俺は八萬を切るつもりでいた、だけどあんたの話を聞いたらそういうわけにはいかないだろう。
 タケが牌を起した。二萬だった。
 読めば読むほど、はなに戻るってことだ、これは心理学だぜ。

 次の日の夕方、私は自分の住む町から二つ新宿寄りの駅で電車を降りると電話を入れた。
 待つほどもなくタケが現れた。徒歩五分とはこのぐらいの距離のことだろう。タケに連れていかれたのは駅のすぐ横の大きなマンションだった。最上階のつきあたりの部屋のドアを開けるとタケは振り向いてうながした。
 靴を脱いで一歩、部屋に足を踏み入れて、私は息を飲んだ。
 生きた人形がそこにいた。
 部屋に女がいるなどとは予測もしていなかったし、私の身動きが一瞬止まったのだろう。
 麗花だ、かまわないから、来い、タケが怒鳴った。
 一目見て目をそらし、もう一目みて目をそらした。正視出来ない程に美しかった。白磁で造った西洋人形、そういうものもやっぱり世の中にはあったのだ。
 どうした、惚れたか、抱きたかったら抱かしてやるぜ、二つ目の不意打ちがきた。その言葉を咀嚼するのにもちょっとした時間が必要だった。
 侮辱された怒りが徐徐に吹き上がってきた。
 抱きてえかって、あんたの女じゃないのか、声が震えているのが自分でもわかった。
 俺の女だよ、だけど抱きたかったら抱けるぜ。
 冗談を言うな、俺あ、そんな構われ方は大嫌いなんだ。
 タケは鼻で笑った。
 青臭くとんがるなよ、こいつは俺の女だが抱かれるのがこいつの商売だ。
 どういうことだ。
 だから抱かれるのがこいつの商売だっていうだ、サラリーマンがあくせく働いて一ト月にもらう給料分ぐらいこいつは一晩で軽く稼ぐぜ。
 次いて出る言葉がなかった。私は今、異次元に身を置いてしまったことを悟らされていた。

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