闇の果て (三)

 秋が立ち、村祭りの日が来た。
 その村の祭りは俗に種付け祭りとも呼ばれ、三日三晩を騒ぎ狂う。若者も大っぴらに娘を誘ってまぐわうことを許される年に一度の無礼講だった。
 娘たちに異存があったかどうか、少なくとも親に有無はなかった。
 下手に拒むと、家の戸に肥溜めの糞を掛けられたり、ひどい嫌がらせを受ける。
 万が一、身籠らせた場合には身に覚えのある若者たちが娘の前で籤を引き、当てた者が夫婦になる決まりもあった。
 だから他所の村の者が忍び込んで捕りでもしたら生やさしい制裁ではすまぬことになる。
 それでも男とは馬鹿なものだ。どんな目に会わされようと懲りずにやってくる者がいる。
 そうして毎年、一人二人はかならずといっていい程、血祭りにあげられる。それがまた村の若者たちの血をいやがうえにも騒がせるのだ。
 その年は好天に恵まれ、例年になく田畑の実りがよかったから祭りもおもいきり派手になるはずだった。

 若衆宿でも今は祭りの話題でもちきりだろう。
 若いうちとにかく数を競う。
 村中の娘とやったと法螺を吹くものが皆の羨望の的になりしばらくは英雄として崇められたりする。
 例年なら弥助も仲間にまじってあっちこっちを跳び回ったりするのだが今年はどうもそんな気分にはなれそうもなかった。
 おそののことを考えてもまるで気持は高揚してこない。
 むしろ、その度に殺した女のことが思い浮かんで気がめいるくらいだ。
 おそのという名前を聞いただけで目が冴えて夜も眠られなかった去年のことが嘘のようだった。
 あのころ、おそのは弥助にとって命と同じぐらいかけがえのない存在だった。
 おそのはもう俺の心がわりに気付いているだろうか。

 弥助の親たち、小作の小さな家が五軒程点在する先に佐五郎という庄屋の分家の自作農がいる。
 屋根はやっぱり藁葺きだが門がわりに植えた欅が人目を引く、そこらでは裕福な家だった。
 女ばかりが五人いて、上の二人はすでに嫁に出ていたが十五才になる三番目の娘がおそのだった。
 おそのは色の黒い瘦せぎすな娘で背だけが高かった。
 美人とはいえないが目が大きいから、その分たしかに目立つところはある。
 しかし、おそのが関心を集める最大の理由はもっと別なことだった。
 いずれ佐五郎はおそのに入り婿をとって跡を継がせるだろう。土地を持たない若者には目の眩むような話だった。
 誰がおそのを射止めるか、ここ数年、村中の関心が集まっていた。
 そのおそのから好いていると告白されたのは去年の村祭りの直前のことだ。
 あの、天にも昇るような気持を忘れてしまったわけではない。
 だが、今の弥助にはそんな皆の羨望の的になるような真似は極力、避けなければならない。
 人の怨みを買えばそれだけ足をすくわれる機会も増る。

 陽が落ちる前から祭囃子は始まった。
 賑やかな笛や太鼓の音色が風に乗って意外な近さで聞こえている。
 ふて腐った気持で横になっていて、いつの間にか居眠ってしまったらしい。
 その音で弥助も目が覚めた。
 親たちはいつの間にか、もういない。おゝかた近所のどこかに集って酒でも飲耋けているのだろう。妹はまだ夜祭りにくり出す年ではなかったから、飴でもしゃぶらされて、子守りを押しつけられているのに違いなかった。

 普段は狭苦しい家が妙に広く感じられる。
 弥助は所在なげに寝返りをうった。
 聞きたくもない笛の音が耳に刺ってくる。
 杉蔵の笛か、杉蔵は仕事より笛が好きだという男だからこんな時には得意気に吹きまくっていることだろう。
 そうして、やりそこねた俺は、こうして一生、人目を避けて暮らすのだ……、ふと弥助は繰り言をやめてきき耳をたてた。
 小さな足音が近づいてきて、家の前で止まったような気がする。
 一瞬、どきりとして、そんな馬鹿なことはないとあわてて打消して、そのとたん、弥助は確信した。
 おそのだろう。
 おそのが俺を誘いにきたのだ。
 ためらいがちに戸が敲かれ弥助は息をのんだ。
 今、飛び出していって、おそのを家に引きずりこめたらどんなにかいいだろう。
 しかし弥助は膝をかかえたままじっとしていた。
 もう一度、戸が敲かれやがて足音が遠ざかっていった時、弥助は泣いた。
 もうこれっきり、おそのは俺のもとにくることはないと思った。

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