仔ぎつね、おコン 【4】

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 「三間町の源次って大工はおめえかい」 突然声をかけられて、あわてて顔を上げると図体の馬鹿でかい男がぬっくと突立っていた。
 「俺ぁ、入舟町の甚六ってえ目明しだ。ちょっと聞きてえことがあるんだが、ここでいいけえ、なんならこの先の自身番でもかまわねえんだが…」
 鉋がけに集中していた源次はすぐには目の前の状況が呑み込めなかった。
 「十日ぐれえ前に、お前さん上州屋のお紺てえ娘を二三日家に泊めたな」
 源次が棒立ちのまま、目を白黒させているとそれを了解の合図ととったのか甚六がいった。

 「へえ、いえ、上州屋のお紺てえ女は存じませんがたしかに上州から出てきたっていうおゆきって女なら泊めました」
 「なにもおかしなことはしていないのだからと思いつつ、源次はどうしても気圧されて、相手をうかがうふうになる自分がはがゆかった。
 甚六にもその気配は伝わったのだろう、にやりと笑うととりなすような調子に変わった。
 「話がもう終ったのは承知してるんだが先方から訴えが出ていたもんでその始末をつけなきゃならねえ、一応裏をとりにきただけだから、心配しねえで話を聞かせてくんな」

 甚六は細かいことをいくつか聞きだして、一人でうなずいたりしたあと、「おめえ、大川のふもとの稲荷の前で声をかけたんだってな、そんなこといつもやっていると、しめえには本当に勾引で捕まることになるぜ」 最後にはきちんと釘を挿した。
 それでどうやら甚六の用というのはすんだらしかったがしかし源次にはこの機会にどうしても質しておかなければならない話が残っていた。
 「それで、その上州屋お紺が女狐お今てえことになるんですかね」
 とたん甚六は目を剥くと上から下、下から上へと源次を睨め回した。
 「俺あ、女狐お今なんて話は一言もしてねえよ」

 「それともなにかい、お前さん、女狐お今となにか、やんことねえ因縁でもあるっていうのかい」
 「めっそうもねえ、親分」 源次はあわてた。
 どうも話がどっかで少々ずれてしまっているようだ。
 気まずい間がしばらくあったが、甚六は源次にそれ程悪い印象は持っていないようだった。
 「あれは上州屋の一人娘でなんにも知らねえねんねだよ」
 「しかしあの娘、とてもそんないいところの子には見えなかった、けっこうな啖呵も切っていましたからねえ」
 甚六が鼻で笑った。
 「おめえ、木場の先は辰巳芸者の巣なんだぜ、あのあたりではおむつの取れねえガキだって、見よう見まねで啖呵の一つや二つ切るだろうぜ、おまけに上州屋はおやじもかゝあも木場人足からの叩き上げだ、口がよかろうはずがなかろうが」

 甚六が帰っていくと、皆がすぐに源次のまわりに集まってきた。どうも仕事の手を止めて、それぞれに聞耳をたてていたらしい。
 「大人の世界を覗き見たくてうずうずしている小娘に体よくあしらわれるなんざ、源次兄いもざまがねえな、え」 兄弟子の与三郎が棘のある言葉でからかった。
 「まあ、おかしな成行きになってあわてさせられるよりはよっぽどましだがな」 親方が話をとりあげた。
 「さあ、仕事だ、仕事だ、いそがねえと、日が暮れてしまうぜ」

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