岡のけんちゃん 1

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 岡のけんちゃんは犬猫屋だったがどう考えたってそれだけでは食べていけそうもないから他にもいろいろやっていたのだろう。だけど他のいろいろの事は知らない。犬を買いたいと思い知人たちのつてをたどっていたらやってきたのがけんちゃんだった。素人には見えなかったが、その筋の人の険もなかった。

 だけどアイヌ犬かとのっけからけんちゃんは言った。アイヌ犬なんてつまんないよ、今さ、アメリカからプードルのチャンピオン犬が入るんだ、その子なんかどう、儲かるよ。一千万もするプードルを輸入する話をけんちゃんは得得と始めたが、もちろん私はそんな話はてんから信じはしなかった。大体室内犬にはまるで興味がない。
 オスのアイヌ犬、赤毛の血統のいいやつと私は念をを押して手配が出来るようなら一度見せて欲しいと言った。

 ペットなどという言葉がまだ一般的でなく水商売かやくざ関係の女たちが主な顧客で当人たちも自嘲的に犬猫屋と称していた。私は純血種にこだわったから犬猫屋に頼ったけれど一般にはまだ犬や猫は買うものではなく貰うものだった時代のことだ。
 私は小さな会社をまかされていて多少の金なら自由になった。
 いい気になっていたのだろう。

 一ヵ月後、けんちゃんはやって来た。
 ちょっと話が違うんじゃない、私は露骨に不快な声を出したと思う。そんな私におかまいなく、こんなのめったに手に入らないんだぜ、けんちゃんは言った。けんちゃんの腕の中で子犬が震えていた。メス犬だった。
 室内犬の場合はメスが高い。子がとれるからだ。それで小遣い銭を稼ぐ飼い主も少なくない。しかし室外犬の場合は逆だ。管理が難しくなるからだ。そんな業界の裏情報めいた話を書いた本もあったはずだ。私には情報魔的なところがあって何かというと本をあさる。

 だけどあんたが飼ってやらなきゃこいつ明日にも殺されちゃうんだよ、かわいそうにな、室外犬の場合、生後45日から180日ぐらいまでが商品であって、それが過ぎると多くの場合、殺処分される。えさ代も馬鹿にならないし、飼う場所、運動、みな手に余る。価格を下げて無理に売りさばいても、値崩れを起して結局自分の首を絞めるだけだ。

 まあ二、三日預かってみてよ、嫌ならすぐに引き取るからさ、けんちゃんは子犬を押し付けると帰っていった。そこら辺の呼吸が犬猫屋の芸の見せ所なのか、情が移ればしめたものだ、けんちゃんの見込み以上だった。女房はたちまちこの犬に取り込まれその夜のうちに名前も決まった。
 
 日本犬の場合、ある時期になるとご飯を一杯食べると一杯分、二杯食べると二杯分、ぐんぐん大きくなるという形容が決して大げさに感じられないような成長の仕方をする。子犬はころころと順調に育って子供のいなかった私たち夫婦のかすがいの役も充分果たした。

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