子供の頃、近所で家の新築工事が始まると、私はもう忙しくて大変だった。
学校から帰ると、なにをさておいても現場に駆けつけた。
あたりには今までになかった活気が満ちている。
香わしい木材の匂い。
棟が今、上がるところだ。
男が二人、左右から柱を担ぎ、もう一人が掛矢を打ち下ろす。
掛声が響き、柄がくい込む音がきしみ、私はなにか酔ったような舞い上がった気分に浸る。
大工仕事のどこがそれ程魅力的だったのだろう。
まさか将来、自分がそんな職人の世界の片隅に身を置くとは想像もしていなかったがいくら見ていても飽きなかった。
黒い腹掛けに向う鉢巻の棟梁が両手に唾をくれるとやおら片足を角材にかけ、鋸を引き始める。
電動工具などまだない時代だったがそんなものがある必要もなかった。
一引き、一引き、小気味よいテンポで鋸は確実に木を切り分けていく。
傍では溝をほる鑿の音、釘を打つ金槌の音。
私は鉋くずを鼻に押し当てて、木の香りを胸一杯吸い込んだり、切り棄てられた端材を貰い受けたり、それはもう幸せの絶頂だった。
私は祖父に会うことはなかったが腕のいい大工だったと聞く。
父も辛抱していたらきっといい大工に仕上がったことだろう。詳しいいきさつは知らないが半端で家を飛び出している。それでも戦後のどさくさのときには一軒、二軒、一人で家を建てたというから昔の徒弟制度というのはたいしたものだ。うらやましいぐらいの大工道具を一揃、後生大事にかゝえていた。
いつか親と和解しようというような心づもりでもあったのだろうか。
大工、諸職を統べるという、私は身体の都合で思いも及ばなかったがそうでなければ案外むいた職業だったのではないか。
血とはおそろしいものだ。
時間の余裕が出来たら息子をかたらって、ログ・ハウスでも自力で建ててみたいとけっこう真剣に考えている。
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