尻の下

 尻に敷かれたふりをして遣り過ごせば家の中は万事、丸く納まる、結婚したてのころ、天啓のようにそう悟った。
 事実そうだった。
 入学のお祝いはいくら包む、香典はいくら、女房には女房の思わくもあるのだろう。まあ女房の思わくの通りでいい。
 子供の習い事、塾、どうぞ好きなようにやってくれ。
 任せっきりの知らんぷりでは時に逆鱗に触れる恐れがあるからとりあえずいっしょに考えるふうは装おうがけして主張はしない。
 大人の知恵とはこんなものではないのだろうかと思っていた。
 家に問題がなければ多少外で遊ぶ余裕だって出来る。
 そうやって私はけっこう上手にやってきたつもりでいた。
 だがある時、私は思い知る。
 ふりであったはずがいつか本当に尻に敷かれていた。
 今日、女房は上手に私を立てるふりをする。
 お父さん、お父さん、人前ではそれこそどんな名女優だって顔負けの演技をみせる。
 しかし、それに騙されて、いい気になると家に帰ってからひどい目に会わされるのがおちだ。
 今更どうしようもないから私は年老いた飼い犬のごとく、見えない鎖に引きずられて、女房の後ろに従がっていく。
 唯一つ心配なのは、それで飼い主が先に逝ったら、俺の餌は誰が按排してくれるのかということだけだ。

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