その年の暮れ

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(六)

 与平さんのお宅ですね、引き戸を開けて、どことなくねずみを思わせる小男が顔をのぞかせた。
 ついさっき七つの鐘を聞いたばかりのような気がするがあたりはすでに暮れかけている。
 与平は馬に向っていた手を止めると顔を上げた。
 今どき、誰が何の用だろう。
 しかし与平を認めると有無を言わさず、どっと男たちが土間に雪崩れ込んできた。
 五、六人もいただろうか、一目でまっとうな生活者でないとわかるような風体の男たちだった。
 最後に顔を腫れ上がらせ、鼻の周りに血をこびりつかせた藤吉がこずかれながら入ってきた。
 与平は一瞬にあらましを悟らないわけにはいかなかった。
 藤吉の馬鹿がと思った。またなにかしでかしやがった。

 あんたのお友達のこの人がね、妙なおもちゃでいたずらしていましてね、最初はうちの若いもんも面喰らったようですよ、たしかに面白いもんですな、これは、聞けばこちらさんのお仕事だとか、中から小肥りの男が一歩踏み出してくると上り椎に賽を二つ転がらせた。
 二つの賽はころっと転がると一と一の目をきちんと上に向けて止まった。
 案の定だ。与平は今、自分が否応無くやゝこしい騒動に巻き込まれてしまったのを感じていた。
 男ののぺらっとした無表情の顔からはなにも読みとれるものがなかったが場慣れした落着きが与平を威圧していた。
 どうですかね、一つ、私にもこんなおもちゃを作っちゃくれませんか。
 削り屑を払うと与平は躄りよって敷居に膝を揃えて座った。

 これはたしかに私の作ったものです。これと同じものを御所望ならお作りしましょう、多少なりとも自分の世界で話せることがわずかな与平の希望だった。
 しかし、これは象牙の芯と側の密度の違いを利用して作っています。このような都合のよい材が次に見つかるまでどれ程、待っていただかなければならないか、しかもせいぜいこの大きさが限度です。
 それは嘘だった。どうせこの男たちには象牙の知識などないと見越して与平は嘘をついた。
 雑な仕事では賽を二つに割って内を刳り貫くからよく見ると継目がわかる。
 与平は一の目を穿ってそこから掘り出し、鉛を仕込んで蓋をしたあと、さらに赤い色漆で被うという手のこんだ仕事をしているから、賽を潰しでもしないかぎり細工の跡はわからない。

 たしかにな、男は賽を手にとって、つくづくと眺めていった。
 そういわれりゃそんなもんかもしれねえが、俺のはもっとぞんざいでいいんだ、普通に遊べる大きさのやつでな、いつの間にか言葉づかいが変わっていた。
 それじゃ私にいかさま賽を作れっておっしゃるんですか、それは出来ません、与平はふんばった。
 なにを、てめえ、じゃあ、これはなんだ、男がいきりかえった。
 なにをどう工夫したかしらねえがこれだって立派ないかさま賽じゃねえか、なんならこれをおゝそれながらと、お上につきだしたっていいんだぜ。

 おそれいりますが、これは賽のように見えてそうではございません。賽は一の目と六の目を上下にとると、横に五、四、二、三と並ぶかと思います。これは五、四、三、二と作ってあります。賽とはいえません。
 藤吉だったらなにをやってもおかしくないというのが頭のどこかにあったから与平はそういう工作もしておいた。
 どうせ、一の目しか出ない賽ころだ。そこまでは気をつけて見ることはないとふんだのだ。
 その思わくは当ったようだった。
 えっという顔をして男が目をこらした。
 こんなんで遊ばれているようじゃ、うちの若いもんもていしたことはねえな、口元は笑ったようだったが目がつり上がった。
 兄さん、あんたはどうも頭は悪くなさそうだがそんな講釈で納得していたら俺たちも稼業が務まらねえんだ。
 やれっていったことはやってもらうぜ。それともてめえら二人、簀巻にしてそこらの川に潰けてやろうか。
 進退極まったと思った。結局こういうことになるのだ。
 与平は身体がこきざみに震えてくるのがわかった。

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