医者嫌い

 医者は嫌いだ。
 大上段にかまえれば人が人に対してあたかも生殺与奪の権限を持つかのようにふるまう様が不愉快だ。
 技術を提供して報酬を受けるのだから医者だってしょせんサービス業ではないか。
 てめえ、人から金を取っておいてなんだ、その態度は、となじる患者がもっと、もっと多くてもいいはずなのに、倶梨迦羅紋紋を背ったいっぱしのおっさんだって、それで直りますかね、なんて追従笑いを浮かべながら、下手に出るものだから相手はますます勘違いする。
 そこらあたりの道徳というか、倫理というか、ルールが確立しないまま、医学が先端化し、肥大したものだから手に負えなくなっている・・・・・・。
 小さな声でいえば、そこまでのことをいつもいつも考えているわけではない。
 ただ医者は嫌いだ。
 蕁麻疹が出たとか歯茎がはれたとか、やむをえず医者にかかる場合はあるが定期検診など痛くもない腹を探らせようとは思わない。
 私は六十二才だがこの年まで胃カメラも内視鏡検査も受けたことがないというとけげんな顔をされる。だいたいが血圧も血糖値も知らない。いまどき日本ではそういう人間はめずらしいのだろうか。
 それは無茶ですよと真顔で心配してくれる年下の友人もいる。
 無茶だろうがなんだろうがとにかく、そうして今日まで暮らしてきた。
 調べればその場で病名がついて病人にされるかもしれないが酒が飲めて食欲があって、あたりまえに働けるのだからあえて病気を探す必要もないと思っている。
 似たような年恰好の連中が集まると、つい、このあいだまでは孫自慢だったものが今では病気自慢でもりあがる。
 俺はこのあいだ白内障の手術をしたと一人がいうと、俺は大腸のポリープを取ったともう一方も負けてはいない。あげくには、カプセルに錠剤に粉ぐすりを取り出して、俺はもう日本酒は駄目だなどとほざく。
 遅かれ、早かれ、いずれみんな死ぬんですよ、君たち、ちまちま生きたってこの先、知れてるじゃないか、もっともそういう憎まれ口をたたかずにすますほどの分別はもっている。そうか、そうかと私はだまって盃を口にはこぶ。
 なにはともあれここまではたどりついた。あとはおまけの人生だ。
 いやな目、つらい目にだけは合いたくない。
 ぴんぴんころりといきたいなあ。それなら、多少早くても文句はない。

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