好きで持ち歩くわけではないがないとやはり不都合な場合があるのが名刺だろう。一方的に渡されることもないわけではないが交換が原則だから相手から差し出されて、こちらはないですますには、けっこうしどろもどろの対応をしいられる。それが億劫で外出の際はつとめて持参するようにしている。
家にいなければ仕事にならないのだし、私などが年間に必要とするのはせいぜい百枚程度だがほぼ同数の名刺がたまる。
付き合いの程度に応じて数種のホルダーを使い分けるがいただいたものは大切に保管する。
長い年月には同じ人と違う場面ででくわすことがままあって、世間は狭いと思わざるをえない。会社が違っていたり、地位が変わっていたり、なにかその人の人生が想像されて感慨が深い。
たかが名刺といってしまえばそれまでだが、いかに相手に印象づけるか皆が工夫し趣向をこらす。台紙、活字、組み方、あんな小さなものなのにいじればいじれ、こればこったできりがない。
おしきせのものにだって、それなりの手がかかっているはずだが、自身の裁量しだいとなればとくだん費用がふえるわけではなし、ここが腕のみせどころと張り切る気持はわからないでもない。それにしても名前を反転させた名刺をもらった時は驚いた。とまどう私に相手はいかにも得意気だったが、やりすぎというか、悪趣味というか、それでもいまだに記憶に残るぐらいだから、当初の目的は充分はたしたというべきか。私もひととおりのことはやってみて、今はごく平凡に落ち着いている。
普通、いただいた名刺をうたがうことなどしないだろうが、そこらあたりに目をつけた詐欺も横行するのだから、世の中は怖ろしい。
たとえば飲み屋で請求された金額の半分程の現金を出して、悪いけどこれだけしか持ち合わせがなかった、二、三日中に払いにくるからと他人の名刺を差し出す手口、そこそこの肩書であれば、まさかうたがいもしないだろう。
どこでそんな話を聞きかじったか、知人が出張先でそれをやって、コートのネームから足がついて、ひどい目にあった話もある。
当人はぼられた分を値切りかえすぐらいの気持でやったのだろうが生兵法は大怪我のもと。こんな御時世では顔写真入りの名刺がそのうち定番ということになるかもしれない。
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