父の年

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 わが町には長寿番付なるものがあって、大相撲よろしく、年齢順に東西の横綱、大関とふりわけられた氏名の一覧が年に一度正月に配られる。
 父の名前が前頭下位に入って以来、毎年、少しずつ順位が上がるのを見るのがひそかな楽しみになった。
 それでつい、頂点をきわめる最後のチャンスだ、がんばれなどといらぬことを口走ってしまったのかもしれない。
 父にも十分、功名心はあったのだと思う。
 あるときから父が言う年齢が番付よりも一つ、二つと先行するようになった。
 とうとう来たかと思ったがそれ以外は実にはっきりしている。どういうことかと女房と二人、さんざん悩んでふと気付くことがあった。
 満年齢に統一されたのは戦後のことでそれ以前は正月に皆がいっせいに年をとった。私の子供のころには満だの数えだのとちょっとした混乱もあったものだ。
 父もそこらあたりで迷ったあげく、自分に都合のいい解釈を選んだのではないのだろうか。
 年齢早見表を見せて父に納得させたうえでもち食って一つ、ケーキ食って一つじゃよくばりすぎだ、とからかうと、おまえがいくつになっても頼りないから、おれは人の倍、がんばることになるんじゃないかとみごとに切り返された。
 憎まれっ子、世にはばかるとは本当らしい。
 父は96歳、かくのごとく元気だ。

(2010年2月10日 北海道新聞「朝の食卓」掲載)

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